1. 疾患概念
多発血管炎性肉芽腫症は,以前はウェゲナー肉芽腫症と称されていた疾患で,病理組織学的に(1)全身の壊死性肉芽腫性血管炎,(2)上気道と肺を主とする壊死性肉芽腫性炎,(3)半月体形成腎炎を呈する。その発症機序に抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibody: ANCA))が関与する血管炎症候群である。生命予後のきわめて悪い疾患であるが,発症早期に免疫抑制療法を開始すると,高率に寛解を導入できる。早期診断にANCAの測定は極めて有用である。多発血管炎性肉芽腫症で認められるANCAのサブタイプは,欧米では,ほとんどがproteinase 3に対する抗体(PR3-ANCA)である。一方、わが国ではミエロペルオキシダーゼに対する抗体(MPO-ANCA)が約半数を占める。
2. 疫学
1993年の一年間の受療者数は670名(95%信頼区間570~780名,男女比1:1)であった。推定発症年齢は男子30~60歳代,女子50~60歳代が多かった。
最近3年間の受療状況は,主に入院6.3%,主に通院38.9%,入院と通院が29.7%,経過は軽快44.2%,不変21.2%,悪化7.9%,死亡21.2%である。また,平成24年度医療受給者証保持者数は1,942件である。
3. 病態
上気道の細菌感染を誘因として発症することや,細菌感染により再発がみられることから,スーパー抗原の関与も推定されるが,真の原因は不明である。欧米ではHLA-DPB1*04:01をもつ人に発症しやすいことが報告されている。日本人ではDPB1*04:01の頻度が低いものの、PR3-ANCA陽性群では欧米同様、増加傾向が報告されているが、今後の確認が必要である。最近PR3-ANCAが発症要因の一つとして注目されている。PR3-ANCAと炎症性サイトカインの存在下に好中球が活性化され,血管壁に固着した好中球より活性酸素や蛋白分解酵素が放出されて血管炎や肉芽腫性炎症を起こすと考えられる。
4. 症状
発熱,体重減少などの全身症状とともに,(1)上気道の症状:膿性鼻漏,鼻出血,鞍鼻,中耳炎,視力低下,咽喉頭潰瘍など,(2)肺症状:血痰,呼吸困難など,(3)急速進行性腎炎,(4)その他:紫斑,多発関節痛,多発神経炎など、が生じる。症状は通常(1)→(2)→(3)の順序で起こるとされており,(1),(2),(3)のすべての症状が揃っているとき全身型,いずれか二つの症状のみのとき限局型とする。
5. 検査
主要な検査所見は、6. 診断の項の中で述べる。主要な組織所見は、①上気道、肺、腎の巨細胞を伴う壊死性肉芽腫性血管炎、②免疫グロブリン沈着を伴わない壊死性半月体形成性糸球体腎炎、③小・細動脈の壊死性肉芽腫性血管炎、である。
6. 診断
表1に示す診断基準により、確実(definite)、疑い(probable)と判定する。なお、本疾患は厚生労働省の指定難病に指定されており、難病情報センターに詳細な記載がある(http://www.nanbyou.or.jp/entry/○○)。
7. 治療
ANCA関連血管炎の診療ガイドライン(厚生労働省難治性疾患等政策研究事業,2013年)を参考に副腎皮質ステロイドとシクロホスファミドの併用で寛解導入治療を開始する。上気道症状の強い例には,スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST)合剤を併用することもある。寛解達成後には寛解維持療法として,シクロホスファミドをアザチオプリンかメトトレキサートに変更し,低用量の副腎皮質ステロイドとの併用を行うことが望ましい。再燃した場合は,疾患活動性に応じた再寛解導入治療を行う。難治例に対する治療薬として,抗CD20モノクローナル抗体であるリツキシマブが用いられる。また、上気道,肺に二次感染症を起こしやすいので,細菌感染症・日和見感染症対策を十分に行う。
治療の原則
ANCA関連血管炎の診療ガイドライン(厚生労働省難治性疾患等政策研究事業,2013年)を参考に,重症度に応じた免疫抑制療法を行う。
(1)寛解導入療法(初期治療)
① 全身型で活動早期の例に対して
ステロイドパルス療法(methylprednisolone 0.5~1.0g/日)×3日間,あるいはプレドニゾロン(PSL)0.6~1.0mg/kg/日(40~60mg/日)の経口投与を行う。また,シクロホスファミド間歇静注療法(IVCY) 0.5~0.75g/m2または経口シクロホスファミド(CY) 1.0~2.0 mg/kg/日(50~100mg/日)の投与を開始し,併用療法を行う。PSL 40~60mg/日の初期投与量は4週間から8週間続け,以降病状に応じて漸減する。ANCA型急速進行性糸球体腎炎(RPGN)の治療指針については、ANCA陽性RPGNの治療指針(ANCA関連血管炎の診療ガイドライン2013年)に準ずる。また,初発例を含む疾患活動性が高い患者や難治例に対する治療薬として,抗CD20モノクローナル抗体であるリツキシマブ(通常,375mg/m2/回,1週間間隔で4回点滴静注)が用いられる。
② 限局型で活動早期の例に対して
PSL 0.3~0.6mg/kg/日(15~30mg/日)を経口投与する。また,免疫抑制薬の経口CY 0.5~1.5mg/kg/日(25mg~75mg/日)を適宜併用する。上気道症状の強い例や上記治療を行っている例には,スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST)合剤 2錠/日を週3回または1錠/連日の経口投与を併用することもある。
注:1 全身型とは,E,L,Kのすべてに病変を示す例,限局型とはE,Lのうち単数もしくは2つの臓器に病変を示す例を指す。
注:2 寛解とは,血管炎の活動性が消失したと定義される。「活動性」とは,血管炎だけでなく,肉芽腫などの他の炎症所見の活動性がないことを意味する。
注:3 発症から治療開始までの期間が短いほど,完全寛解を期待できる。
注:4 副作用のためCYが用いられない場合は,アザチオプリン(AZA)の同量かメトトレキサート(MTX)を2.5~7.5mg/週を投与する。
(2)寛解維持療法
寛解が得られたら,ANCA関連血管炎の診療ガイドライン(厚生労働省難治性疾患等政策研究事業,2013年)を参考に,再燃予防のための寛解維持療法(remission-maintenance therapy)を継続する。寛解維持療法として,CYをAZAかMTXに変更し,低用量の副腎皮質ステロイドとの併用を行うことが望ましい。なお,MTXあるいはAZAで寛解が12か月維持されたら,慎重に減量を開始してよいが,少なくとも18か月あるいは24か月継続する。また,寛解が得られてもc-あるいはPR3-ANCAが完全に陰性化しなかった場合には再燃が高頻度であるため,寛解後5年間の治療継続を考慮する。再燃した場合は,CY(AZA),PSL投与量を寛解導入期の投与量に戻すなど,疾患活動性に応じた再寛解導入治療を行う。
多発血管炎性肉芽腫症の免疫抑制療法施行時の注意事項
① MTXは適応外医薬品であるので使用時にはインフォームド・コンセントを受けることと,副作用の早期発見とその対策が重要である。
② ANCA力価およびCRP値を疾患活動性の指標として指摘投与量を設定する。
③ 多発血管炎性肉芽腫症の発症,増悪因子として細菌感染症があること,また,上気道,肺に二次感染症を起こしやすいので,細菌感染症・日和見感染症対策を十分に行う。
8. 予後
我が国のコホート研究に登録された新規患者33名の6か月後の寛解導入率は97%であった。一般に,副腎皮質ステロイドの副作用軽減のためには速やかな減量が必要である。一方で、減量速度が速すぎると再燃の頻度が高くなる。疾患活動性の指標として臨床症状,尿所見,PR3-ANCAおよびCRPなどが参考となる。進行例では免疫抑制療法の効果が乏しく,腎不全により透析導入となったり,慢性呼吸不全に陥る場合がある。死因は敗血症や肺感染症が多い。また,全身症状の寛解後に著明な鞍鼻や視力障害を後遺症として残す例がある。
表1.多発血管炎性肉芽腫症の診断基準
1.主要症状
(1)上気道(E)の症状
E:鼻(膿性鼻漏,出血,鞍鼻),眼(眼痛,視力低下,眼球突出),耳(中耳炎),口腔・咽頭痛(潰瘍,嗄声,気道閉塞)
(2)肺(L)の症状
L:血痰, 咳嗽, 呼吸困難
(3)腎(K)の症状
血尿,蛋白尿,急速に進行する腎不全,浮腫,高血圧
(4)血管炎による症状
① 全身症状:発熱(38℃以上,2 週間以上),体重減少(6 カ月以内に6 ㎏以上)
② 臓器症状:紫斑,多関節炎(痛),上強膜炎,多発性神経炎,虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞),消化管出血(吐血・下血),胸膜炎
2.主要組織所見
① E,L,Kの巨細胞を伴う壊死性肉芽腫性炎
② 免疫グロブリン沈着を伴わない壊死性半月体形成腎炎
③ 小細動脈の壊死性肉芽腫性血管炎
3. 主要検査所見
Proteinase 3-ANCA(PR3-ANCA)(蛍光抗体法でcytoplasmic pattern,C-ANCA)が高率に陽性を示す。
4. 判定
(1)確実(definite)
(a)上気道(E),肺(L),腎(K)のそれぞれ1臓器症状を含め主要症状の3項目以上を示す例
(b)上気道(E),肺(L),腎(K),血管炎による主要症状の2項目以上及び,組織所見①,②,③の1項目以上を示す例
(c)上気道(E),肺(L),腎(K),血管炎による主要症状の1項目以上と組織所見①,②,③の1項目以上及びC(PR-3) ANCA 陽性の例
(2)疑い(probable)
(a)上気道(E),肺(L),腎(K),血管炎による主要症状のうち2項目以上の症状を示す例
(b)上気道(E),肺(L),腎(K),血管炎による主要症状のいずれか1項目及び,組織所見①,②,③の1項目を示す例
(c)上気道(E),肺(L),腎(K),血管炎による主要症状のいずれか1項目とC(PR-3)ANCA 陽性を示す例
5. 参考となる検査所見
① 白血球,CRPの上昇
② BUN,血清クレアチニンの上昇
6. 識別診断
① E,Lの他の原因による肉芽腫性疾患(サルコイドーシスなど)
② 他の血管炎症候群 (顕微鏡的多発血管炎,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(Churg-Strauss症候群),結節性多発動脈炎など)
7. 参考事項
①上気道(E),肺(L),腎(K)のすべてがそろっている例は全身型,上気道(E),下気道(L),のうち単数もしくは2つの臓器にとどまる例を限局型と呼ぶ。
② 全身型はE,L,Kの順に症状が発現することが多い。
③ 発症後しばらくすると,E,Lの病変に黄色ぶどう球菌を主とする感染症を合併しやすい。
④ E,Lの肉芽腫による占拠性病変の診断にCT,MRI,シンチ検査が有用である。
⑤ PR3-ANCAの力価は疾患活動性と平行しやすい。MPO-ANCA陽性を認める例もある。
重症度分類
1度:
上気道(鼻,耳,眼,咽喉頭など)及び下気道(肺)のいずれか1臓器以上の症状を示すが,免疫抑制療法(ステロイド,免疫抑制薬)の維持量あるいは投薬なしに1年以上活動性の血管炎症状を認めず,寛解状態にあり,血管炎症状による非可逆的な臓器障害を伴わず,日常生活(家庭生活や社会生活)に支障のない患者。
2度:
上気道(鼻,耳,眼,咽喉頭など)及び下気道(肺)のいずれか2臓器以上の症状を示し,免疫抑制療法を必要とし定期的外来通院を必要とするが血管炎症状による軽度の非可逆的な臓器障害(鞍鼻,副鼻腔炎など)及び合併症は軽微であり,介助なしで日常生活(家庭生活や社会生活)を過ごせる患者。
3度:
上気道(鼻,耳,眼,咽喉頭など)及び下気道(肺),腎臓障害あるいはその他の臓器の血管炎症候により,非可逆的な臓器障害※1ないし合併症を有し,しばしば再燃により入院又は入院に準じた免疫抑制療法を必要とし,日常生活(家庭生活や社会生活)に支障をきたす患者。
4度:
上気道(鼻,耳,眼,咽喉頭など)及び下気道(肺),腎臓障害あるいはその他の臓器の血管炎症候により,生命予後に深く関与する非可逆的な臓器障害※2ないし重篤な合併症(重症感染症など)を有し,強力な免疫抑制療法と臓器障害,合併症に対して,3ヵ月以上の入院治療を必要とし,日常生活(家庭生活や社会生活)に一部介助を必要とする患者。
5度:
血管炎症状による生命維持に重要な臓器の非可逆的な臓器障害※3と重篤な合併症(重症感染症,DICなど)を伴い,原則として常時入院治療による厳重な治療管理と日常生活に絶えざる介助を必要とする患者。これには,人工透析,在宅酸素療法,経管栄養などの治療を必要とする患者も含まれる。
※1:以下のいずれかを認めること
- 下気道の障害により軽度の呼吸不全(PaO2 60~70Torr)を認める。
- 血清クレアチニン値が2.5~4.9mg/dl程度の腎不全。
- NYHA 2度の心不全徴候を認める。
- 脳血管障害による軽度の片麻痺(筋力4)。
- 末梢神経障害による1肢の機能障害(筋力3)。
- 両眼の視力の和が0.09~0.2の視力障害。
※2:以下のいずれかを認めること
- 下気道の障害により中濃度の呼吸不全(PaO2 50~59Torr)を認める。
- 血清クレアチニン値が5.0~7.9mg/dl程度の腎不全。
- NYHA 3度の心不全徴候を認める。
- 脳血管障害による著しい片麻痺(筋力3)。
- 末梢神経障害による2肢の機能障害(筋力3)。
- 両眼の視力の和が0.02~0.08の視力障害。
※3:以下のいずれかを認めること
- 下気道の障害により高度の呼吸不全(PaO2 50Torr未満)を認める。
- 血清クレアチニン値が8.0mg/dl以上の腎不全。
- NYHA 4度の心不全徴候を認める。
- 脳血管障害による完全片麻痺(筋力2以下)。
- 末梢神経障害による3肢以上の機能障害(筋力3),もしくは1肢以上の筋力全廃(筋力2以下)。
- 両眼の視力の和が0.01以下の視力障害。