1. 疾患概念
本疾患は大動脈から分岐動脈、冠動脈、肺動脈などの大型血管に炎症を引き起こす血管炎である。以前は、「大動脈炎症候群」とも呼ばれていたが、現在では「高安動脈炎」と呼ぶことが推奨されている。臨床的には、これらの大血管に持続的な慢性炎症を来たすため発熱や全身倦怠感など全身炎症に伴う症状に加えて、血管の慢性炎症による血管拡張や狭窄・閉塞による血流不全をきたすため罹患血管により様々な血管症状を引き起こす。血管症状が乏しい場合は診断に苦慮する場合もあり、若年女性で、不明熱や慢性炎症を呈する症例に遭遇した場合は、本疾患を念頭に置いて精査を進める必要性がある。
2. 疫学
好発年齢は10歳代から30歳代で、そのピークは20歳代に見られる。さらに本疾患では男女比は約1:9と女性に多く発症する傾向がある(1)。わが国の平成25年度における高安動脈炎の医療受給者証保持者数は、6,101名である。
3. 病態生理
本疾患は、弾性型動脈の外膜および中膜に持続的な炎症を認め、平滑筋細胞の壊死および弾力線維の線維化を来たす疾患である。主に血管外膜および中膜に炎症性肥厚が見られ、二次的に内膜が肥厚し、血管内腔の狭窄を生じる。発症初期は発熱や全身倦怠感など、非特異的な炎症症状が主症状である。しかし慢性炎症の結果、血管に拡張や狭窄、閉塞を来たすようになるとその罹患血管の種類により様々な臨床症状が出現してくる。
4. 症状
慢性炎症に伴う全身症状と血管に拡張や狭窄、閉塞による血管症状に分けられる。全身症状として身倦怠感や発熱、易疲労感、体重減少、食欲低下、リンパ節腫脹、関節痛などが多い。血管症状としては、拡張病変としては、大動脈拡張とそれに伴う大動脈閉鎖不全症が多い。さらに大動脈瘤や血管壁の脆弱化による大動脈解離を認めることもある。狭窄病変として、最も高頻度に病変を来たす血管は鎖骨下動脈であり、狭窄または閉塞に至ると、左上肢のしびれや冷感、倦怠感、血圧の左右差、患側における脈拍の触知不良が認められる。さらに腕頭動脈や総頚動脈、椎骨動脈に狭窄が発生した場合にはめまいや立ちくらみ、視力障害、頚部痛などが出現する。腹部大動脈や腎動脈も炎症の好発部位であり、腎血流の低下が継続することにより、二次性の腎血管性高血圧を呈することがある。さらに動脈内に発生した血栓により、脳梗塞などの臓器梗塞を発症することもある。また、皮膚症状として結節性紅班が見られる事もあり注意が必要である(2)。
5. 検査
血液検査においては、赤沈亢進やCRPの上昇、白血球および血小板の増多、IgGやIgAなどの免疫グロブリンの上昇、C3やC4などの補体価の高値など、一般的な非特異的慢性炎症を反映する所見を呈するが、本疾患に特異的な検査所見は存在しないとされている。近年では分子生物学的な研究の進歩によりtissue factor、von Wiillebrand factor, 可溶性ICAM(intercellular adhesion molecule)-1、E-セレクチン、IL-6、IL-18などの分子が高安動脈炎のバイオマーカーとして注目されているが、いずれも実用化には至っていない。(3)。HLA-B52およびB67の保有率が比較的高いとされているため診断の参考になる。画像検査においては、血管壁の肥厚や血管内腔の評価を簡便に行える方法としてMRIおよびMRA、造影CTスキャン、CT-angiography(CTA)、頸動脈超音波検査などがあげられる。これらの検査を行うことにより、発症早期における血管壁に生じた肥厚の評価が可能である。最近は、高安動脈炎の診断におけるFDG(fluorodeoxyglucose)PET検査の有用性が多数報告されており注目を集めていいる(4)。
6. 診断
厚生労働省難治性血管炎研究班によって作成された認定基準(表1)と重症度分類を示す(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000062437.html)。鑑別診断としてウィルスや細菌、真菌などの感染症を除外することは重要である。さらに、CTスキャンやMRA、DSAなどで大血管の拡張または狭窄、閉塞性病変が判明した場合、認定基準にも記されているが、動脈硬化症、炎症性腹部大動脈瘤、血管Behçet病、梅毒性中膜炎、⑤頭動脈炎、先天性血管異常、細菌性動脈瘤などを鑑別する必要がある。また、血管造影またはそれに準じる検査によりが施行可能ならば、病変の見られる部位により、表2に示した如くI~V型に病型が分類される。
なお、本疾患は厚生労働省の指定難病に指定されており、難病情報センターに記載がある(http://www.nanbyou.or.jp/entry/141)。
7. 治療
血管に生じた慢性炎症に対する治療および虚血を主とした血流異常に対する治療が中心となる。内科的な治療として、炎症所見が顕著である急性期には、中等量のステロイドが第一選択となる。早期に適切な量を用いることにより、血管壁に生じた炎症を緩和することが可能で、拡張や狭窄の発生の予防、または進行を抑制することが可能である。高用量のステロイドを用いても赤沈やCRPなどの炎症所見の改善が思わしくない症例や、ステロイドの減量が困難な場合には、シクロホスファミドやアザチオプリン、メトトレキサートなどの免疫抑制剤を用いる。さらに保険適応外ではあるが、シクロスポリン*やタクロリムス*を使用することもある。近年、難治症例を対象にTNFαやIL-6をターゲットとしたインフリキシマブ*やトシリズマブ*の有効性が評価されている(1)。また、本疾患は脳血栓塞栓症や心筋梗塞などの重篤な血栓症の原因となるため、早期から抗血小板療法および抗凝固療法を開始することが望ましい。この他、重度のARや大動脈瘤など、内科的治療では効果が期待できない症例に対しては外科的治療法が考慮される。これらの治療は、ステロイドなどを用いた治療で、可能な限り疾患活動性を低下させた状態で行うことが望ましい。なお、外科的治療の対象となる症例は約20%とされている。
8. 予後
MRIやCT、PETなどの各種画像検査の普及により、本症の早期発見が可能なってきている。それに伴い治療も早期から行う事が可能となってきたため予後が改善してきており、多くの症例で長期の生存が可能になりQOLも向上してきている。しかし一部の症例では炎症所見が再燃し、血管炎の再燃が考えられる症例も認められる。予後を決定する重要な病変は、大動脈弁閉鎖不全によるうっ血性心不全、や解離性動脈瘤などの血管病変である。従って、早期からの適切な内科治療により炎症をコントロールして血管の拡張や狭窄などを防ぐ事、さらには大動脈瘤などの重症な血管病変に対しては適切な外科治療により長期予後の改善が期待できる。
参考文献
- 「血管炎症候群の診療ガイドライン」:Circulation Journal 72, Suppl, Ⅳ, 2008;1325-1330.
- 磯部光章 「高安動脈炎 皮膚症状からみた血管炎診断の手引き」(槇野博史 能勢眞人 監修) 金原出版、東京、2011; 40-45.
- 手塚大介、磯部光章 「高安動脈炎」 Heart View Vol.19 No.12(増刊号), 2015 p70-76.
- Isobe M: Takayasu artritis revisited: current diagnosis and treatment. Int J Cardiol 2013;168:3-10.
表1. 高安動脈炎の認定基準
1. 疾患概念と特徴
大動脈とその主要分枝および肺動脈、冠動脈に狭窄、閉塞又は拡張病変をきたす原因不明の非特異性炎症性疾患。狭窄ないし閉塞をきたした動脈の支配臓器に特有の虚血障害、あるいは逆に拡張病変による動脈瘤がその臨床病態の中心をなす。病変の生じた血管領域により臨床症状が異なるため多彩な臨床症状を呈する。全身の諸臓器に多彩な病変を合併する。若い女性に好発する。
2. 症状
- 頭部虚血症状:めまい、頭痛、失神発作、片麻痺など
- 上肢虚血症状:脈拍欠損、上肢易疲労感、手指のしびれ感、冷感、上肢痛
- 心症状:息切れ、動悸、胸部圧迫感、狭心症状、不整脈
- 呼吸器症状:呼吸困難、血痰、咳嗽
- 高血圧
- 眼症状:一過性又は持続性の視力障害、失明
- 耳症状:一過性又は持続性の難聴、耳鳴
- 下肢症状:間欠性跛行、脱力、下肢易疲労感
- 疼痛:下顎痛、歯痛、頸部痛、頸部痛、背部痛、胸痛、腰痛
- 全身症状:発熱、全身倦怠感、易疲労感、リンパ節腫脹(頸部)
- 皮膚症状:結節性紅班
3. 診断上重要な身体所見
- 上肢の脈拍ならびに血圧異常(橈骨動脈の脈拍減弱、消失、著明な血圧左右差)
- 下肢の脈拍ならびに血圧異常(大腿動脈の拍動亢進あるいは減弱、血圧低下、上下肢血圧差)
- 頸部、胸部、背部、腹部での血管雑音
- 心雑音(大動脈弁閉鎖不全症が主)
- 若年者の高血圧
- 眼底変化(低血圧眼底、高血圧眼底、視力低下)
- 難聴
- 炎症所見:発熱、頸部圧痛、全身倦怠感
4. 診断上参考となる検査所見
- 炎症反応:赤沈亢進、CRP高値、白血球増加、γグロブリン増加
- 貧血
- 免疫異常:免疫グロブリン増加(IgG、IgA)、補体増加(C3、C4)、IL-6増加、(MMP-3高値は本症の炎症の程度を反映しない)
- HLA:HLA-B52、HLA-B67
5. 画像診断による特徴
- FDG-PETでの大動脈およびその分枝への集積増加
- 大動脈石灰化像:胸部単純X線写真、CT
- 胸部大動脈壁肥厚:CT、MRA
- 動脈閉塞、狭窄病変:CT、MRA、DSA
限局性狭窄からびまん性狭窄、閉塞まで様々である。 - 拡張病変:超音波検査、CT、MRA、DSA
上行大動脈拡張は大動脈弁閉鎖不全を合併することが多い。
びまん性拡張から限局拡張、数珠状に狭窄と混在するなど様々な病変が認められる。 - 肺動脈病変:肺シンチ、DSA、CT、MRA
- 冠動脈病変:冠動脈造影、冠動脈CT
- 頸動脈病変:CT、MRA、頸動脈エコー(マカロニサイン)
- 心エコー:大動脈弁閉鎖不全、上行大動脈拡張、心のう水貯留、左室肥大、びまん性心収縮低下
6. 診断
- 確定診断は画像診断(CT、MRA、FDG-PET、DSA、血管エコー)によって行う。
- 若年者で大動脈とその第一分岐に壁肥厚、閉塞あるいは拡張性病変を多発性に認めた場合は、炎症反応が陰性でも高安動脈炎を第一に疑う。
- これに炎症反応が陽性ならば、高安動脈炎と診断する。ただし、活動性があってもCRPの上昇しない症例がある。
- 上記の自覚症状、検査所見を有し、下記の鑑別疾患を否定できるもの。
7. 鑑別疾患
①動脈硬化症
②炎症性腹部大動脈瘤
③血管Behçet病
④梅毒性中膜炎
⑤側頭動脈炎
⑥先天性血管異常
⑦細菌性動脈瘤
高安動脈炎の重症度分類
Ⅰ度:高安動脈炎と診断しうる自覚的(脈なし、頸部痛、発熱、めまい、失神発作など)、他覚的(炎症反応陽性、γグロブリン上昇、上肢血圧左右差、血管雑音、高血圧など)所見が認められ、かつ血管造影(CT、MRI、MRA、FDG-PET を含む)にても病変の存在が認められる。ただし、特に治療を加える必要もなく経過観察するかあるいはステロイド剤を除く治療を短期間加える程度
Ⅱ度:上記症状、所見が確認され、ステロイド剤を含む内科療法にて軽快あるいは経過観察が可能
Ⅲ度:ステロイド剤を含む内科療法、あるいはインターベンション(PTA)、外科的療法にもかかわらず、しばしば再発を繰り返し、病変の進行、あるいは遷延が認められる。
Ⅳ度:患者の予後を決定する重大な合併症(大動脈弁閉鎖不全症、動脈瘤形成、腎動脈狭窄症、虚血性心疾患、肺梗塞)が認められ、強力な内科的、外科的治療を必要とする。
Ⅴ度:重篤な臓器機能不全(うっ血性心不全、心筋梗塞、呼吸機能不全を伴う肺梗塞、脳血管障害(脳出血、脳梗塞)、虚血性視神経症、腎不全、精神障害)を伴う合併症を有し、厳重な治療、観察を必要とする。
表2. 高安動脈炎の病型分類
Ⅰ型:大動脈弓分枝血管
Ⅱa型:上行大動脈、大動脈弓ならびにその分枝血管
Ⅱb型:Ⅱa病変+胸部下行大動脈
Ⅲ型:胸部下行大動脈、腹部大動脈、腎動脈
Ⅳ型:腹部大動脈かつ/または腎動脈
Ⅴ型:Ⅱb+Ⅳ型(上行大動脈。大動脈弓ならびにその分枝血管、胸部下行大動脈に加え、腹部大動脈かつ/または腎動脈)
Ⅰ~Ⅴ型に加え、冠動脈病変を有するものにはC(+)、肺動脈病変を有す るものにはP(+)と表記する。